【技術BLOG】ラジオマスター(APS)更新

1. はじめに

ラジオマスターというワードに馴染みはありますでしょうか。一般にラジオマスターはラジオ放送事業者の放送において、番組・CM・フィラー等を自動または事前に指定したプログラムの通りに放送するための設備です。今回は株式会社まえばしCITYエフエム様(以下まえばしラジオ様)において2026年4月に実施しましたラジオマスターの更新についてご紹介いたします。(※この記事はまえばしラジオ様のご協力を得て執筆しております。)

2. ラジオマスターとは

先にもご説明しましたが、ラジオマスター(APS: Automatic Program Systemとも呼ばれる)とはラジオ放送において事前にデータベースに登録した番組素材などをスケジュール通りに送出するための放送の中核を担う重要な設備です。この設備を納めている部屋のことをマスター室もしくはマスターと放送局では呼ばれています。マスター設備のベンダーは国内外でもさまざまあり、大規模な例で言えばNEC製のマスターなどは在京大手ラジオ局での採用実績が多いようです。コミュニティ放送局など小規模局でいえば、SCA製のDADやHarmonyなどがよく導入されています。ラジオマスター設備は放送局の送出設備の中でもかなり高価な設備ですので、放送局の中にはこのようなマスター設備を導入していない局もあるようです。しかし、最近では24時間放送が当たり前になりつつあり、放送局の省力化や(一部時間帯の)無人化のためにもマスター設備を導入する局が増えています。新規でラジオマスターを導入する局ではフリーソフトウェアのRadioDJを導入する例もあります。

ラジオマスターの基本構成

上の図はラジオマスターの基本構成です。マスター設備は基本的に単体では動作せず周辺の設備と協調させたシステムとして動作させます。図中央にあるのはラジオマスターのサーバです。これは素材登録端末からアップロードされた番組素材などを事前に登録されたスケジュールの通りに送出します。大規模なサーバの場合ですと、データベースエンジンを利用した構成になっていたり、冗長化のためにデータベースと送出サーバの筐体を分けて送出サーバ側を二重化している場合もあります。このようにしてサーバから送出された音声はそのまま送信所に送られるわけではなく、生放送にも対応させる必要があるため多くの場合には音声ミキサーに入力されます。この際に事前のスケジュール通り音声回線を切り替えられるようにサーバからミキサーの音声回線の切り替えは制御されます。さらにミキサーから出力された音声はサウンドプロセッサやSTL(Studio to Transmitter Link)などを経て送信機から送信される、またはサイマルラジオとして配信されます。

3. ラジオマスターのハードウェア選定とシステム設計

3.1 Dell Precision 3930 Rack Workstation

まえばしラジオ様では旧ラジオマスターとしてむし工房製のStackerを利用されており、番組制作側での使い勝手を変更せずそのままでハードウェアのみの更新をご希望とのことでした。ここで補足ですがラジオマスターにはベンダーよりハードウェアごと提供されるもの(SCA社製DADなどほとんどの製品)とソフトウェアのみで提供される製品があり、このStackerは後者です。旧ラジオマスターは開局以来15年ほど運用していたこともあり、度々システムの不具合に見舞われていました。また、HDDも保存容量が小さく1~2週間分の番組素材しかアップロードできない状況でした。このため以下のような要件で機材の選定を行いました。

  • 番組素材を保存するストレージが1TB以上あること
  • 24時間365日無停止で運用できること
  • ベンダーの国内サービス拠点が充実していること
  • むし工房製Stackerの動作要件(Windows 7 Pro/Home以降、CPUアーキテクチャがx86)を満たすこと
Dell Precision 3930 Rack Workstationの外観 - 画像は2.5インチベイのモデル(引用:https://www.dell.com/en-sg/shop/desktop-computers/precision-3930-rack-workstation/spd/precision-3930r-workstation

一般に24時間運用を想定する場合にはサーバ機を選定するのですが、今回はWindowsのコンシューマ用OSが動作することが条件となっていたため、サーバクオリティかつコンシューマOSを選択できるハードウェアとしてDell Precision 3930 Rack Workstation(以下Precision 3930)を選定しました。Precision 3930は19インチラックにマウントできるサーバ機のような見た目にもかかわらずWorkstationであるため、Windows 11 Pro for workstationが搭載するOSとして選択できるようになっています。このOSはWindows 11 Proをベースに搭載可能なメモリ容量の拡張や搭載CPUとしてXeonに対応したエディションです。さらに、ハードウェアはサーバ機と同等であるため電源冗長化、ECCメモリに対応しています。特に経験上、24時間運用の場合ですとメモリの論理エラーによるシステムダウンや電源の故障などのトラブルが多いです。

選定した構成は以下にまとめます。特徴として、冗長化構成を選択しつつあまりリソースを必要としない用途ですので不要な部分を最小構成にしています。

  • CPU: Intel Xeon E-2226G
  • RAM: 8GB DDR4 UDIMM ECC
  • ストレージ1(OS用): 256GB M.2 PCIe SSD x2 RAID1構成
  • ストレージ2(番組バンク用): 3.5インチ 2TB SATA HDD x2 RAID1構成
  • 電源: 550W x2 ホットスタンバイ構成

3.2 ネットワーク構成

ラジオマスターを構成するネットワークはイントラネットを基本としています。このため、基本的にマスター用のネットワークは外部と通信ができない構成となっています。しかし、これでは送出サーバの時刻同期が取れず正確な時刻での送出ができないため、イントラネット内にはNTPサーバを配置し、送出サーバから参照させることで時刻同期を行なっています。このほか、実際の物理構成では効率のために単一のスイッチに複数のネットワークを収容していますが、例えばL3スイッチではVLAN間のルーティングを禁止することでセキュリティを担保しています。また、ラジオマスターの運行画面を社内に配信する目的で送出サーバにIP-KVMを設置しています。

ラジオマスターを接続するネットワーク構成(実際にはもう少し複雑ですがセキュリティのために単純化して記載しています)

4. 施工の様子

音声系統の構成を下の図に示します。旧ラジオマスターの構成とは大きくは異ならないのですが、今回は新たに送出サーバからの音声出力をPCIe接続のサウンドカードからS/PDIFのデジタル出力で取り出し、Behringer SRC2496に入力してD/A(Digital to Analog)変換して音声スイッチャーにバランスで入力する構成としています。旧送出サーバではマザーボード上のライン出力端子からアンバランスで取っていましたので、今回の構成では大幅にSNR(Signal-to-Noise Ratio)を改善できました。また将来的にはDante(AES67)などのAoIP(Audio over Internet Protocol)に対応できるようにしています。

音声系統の構成

まえばしラジオ様ではYAMAHA DME64Nを音声スイッチャーとして使用する構成になっていました。このため、旧ラジオマスターと同様に送出する音声回線をラジオマスターから制御するために、むし工房製のHIDデバイスを用いてUSBシリアルを接点信号に変換する必要がありますが、下の写真のように導入時の他社様の施工ではデバイスの基盤が剥き出しとなっていました。

剥き出しの状態のむし工房製HIDデバイス

このような状態ではさまざまなトラブルを招きかねません。このため、専用のケースを製作してHIDデバイスを保護できるようにしました。

むし工房製HIDデバイスとそのケース

むし工房製HIDデバイスをラック内に設置した様子。中央の接点ブロックと音声入力(赤色ケーブル)以外は他社様の施工。

Behringer SRC2496から音声スイッチャーへのバランス入力に用いるケーブルにはBELDEN製の88760を使用しました。このケーブルは固定設備用のアルミシールドのケーブルですので、細く取り回しがしやすい点も選定ポイントです。赤色の被覆で視覚的に重要なケーブルがわかりやすくなっています。

Dell Precision 3930 Rackをラックマウントする様子

このほかに、ラック内の機材配置も大幅に直しました。メンテナンス性だけでなく、ラック全体の重心(災害対策)やエアフロー(冷却効率)、二重床のためラックの総重量などを考慮した配置になっています。

左側の画像が他社様施工の旧ラックで右側が今回施工の新配置

5. まとめ

このように放送の中核を担うラジオマスターの更新は、放送事業という特殊な用途に使用することもあり考慮すべき点が非常に多くあります。実際にこのプロジェクトは発足からベンダーとの調整、テスト工程、カットオーバーの調整などで2年近くの歳月を要しています。この記事の執筆時点(7月21日)時点では運用開始から3ヶ月以上一度もトラブルを起こさずに運用できています。

おうここまでお読みいただきありがとうございました。この技術BLOGシリーズではこのような放送局の裏側の技術を紹介していきますので、次回もぜひお楽しみに。