【技術BLOG】長距離無線LANを使用した生放送システムの構築

0. はじめに

2025年11月中旬に日本トーターグリーンドーム前橋のサブイベントエリアにて行われました、まえばしラジオ(株式会社まえばしCITYエフエム)様の生放送にて中継システム一式のご用意をさせていただきました。放送は2日間にわたり、各日2時間ずつと長丁場での放送となりました。

お話しをいただいてから本番までが約2週間と時間的に難しいご依頼ではありましたが、この記事では放送に至るまでの試行錯誤と実際の運用での様子をご紹介いたします。

1. 屋外用長距離無線LANを採用した理由

ラジオの生中継といいますと、一部の県域放送局等では160 MHz帯や460 MHz帯の放送中継用FMワイド送信機をラジオカーに搭載して使用したり、一昔前はISDNの回線(現在は新規申し込み停止)を臨時に敷設しコーデックを使用して伝送する方法が、コミュニティー局を含め広く一般的に利用されていました。

近年は光回線または通信キャリアのモバイル回線を使用した伝送方法が一般的になっています。前者では、NTTフレッツ光回線を使用し、NTTが提供するインターネットVPNや独自のVPNを組み合わせる方法や、ひかり電話を使用する方法、IPv6通信を利用したNTTのNGN網内折り返し通信による低レイテンシでの通信を行う方法もあります。このほかに、長期間敷設する場合などには専用線やダークファイバを使用することもあります。いずれの方法を使用するにしても、昨今の音声伝送ではIPコーデックにより音声をエンコードしてIPパケット化するのが主流となっているようです。

後者では、モバイルルータで通信をしたりテレビ局などではLiveUなどのアプライアンス製品を使用することもあります。最近ではStarlinkなどの低軌道衛星を利用した高帯域通信をすることも増えてきました。こちらの場合では、簡易的な放送に使用されることが多いためWebRTC(Web Real-Time Communication)などの経路制御が可能なプロトコルで音声を伝送するP2P(Peer to Peer)通信が行われることが多いです。これによりVPNのセッションを張らずとも低遅延での通信が可能となります。

さて、前置きが長くなりましたがここからなぜ屋外用長距離無線LANを採用したのかという話になります。先出のように今回は準備期間が会場下見を含め2週間弱と短く、実際にシステムを設計して構成が確定してから本番までは1週間程度でした。このような期間ではまず、光回線の敷設は開通工事などもあり現実的ではありません。(会場のEPSまではNTT系の回線が来ているようでしたが会場内には引き込まれていないようでした)次に検討できるのは、通信キャリアのモバイル通信ですが、こちらは会場のサブイベントエリアが地下に位置していることと、当日は最大で500人程度が会場に集まることが予想されたため、帯域の輻輳が心配されました。残る方法として無線を使用する方法がありますが、先ほどの放送中継用FMワイド送信機を使用するには無線局の開局が必要となりますし、登録局として利用可能な5 GHz帯(W52)や6 GHzの利用でも利用の数週間前に届出が必要となります。また、これらの通信機は導入コストも高いため、今回の案件には不適合でした。低軌道衛星の利用でも、条件に合致したアンテナ設置の用地を確保するのが難しいかつ、通信経路が非常に長くなるためレイテンシの問題が心配され、採用を見送りました。

そこで着目したのが、近年になって屋外利用が許可された5 GHz帯(W56)を利用した屋外での長距離無線LAN通信でした。これに用いる通信機は民製品が多数販売されているため安価に入手でき、利用申請も不要であることから採用に至りました。

5 GHz帯屋外利用の詳細については総務省の電波利用ポータルをご確認ください。なお、他者の通信を媒介する場合には総合通信局へ電気通信事業者の届出が必要になることがあります。

2. 使用した機材

屋外用無線LAN通信機(TP-Link CPE710/CPE210)

今回の無線伝送ではメインの通信機としてTP-LinkのCPE710 v2を使用しました。ご存知の方も多いと思いますが、こちらは5 GHz帯(W56)を使用して最大867 Mbpsで通信できる2x2MIMOの指向性アンテナを搭載した長距離無線LAN向けの製品です。日本国内での技適も認証されています。

またサブの通信機として同じくTP-LinkのCPE210を用意しました。2.4 GHz帯を使用して最大300 MHzで通信が可能となっています。こちらも技適の認証を受けています。

TP-Link CPE710
TP-Link CPE210 (奥に見える八木アンテナはFMラジオの送信アンテナ)

IPコーデック(Telos Zephyr/IP ONE/D)

音声をIPパケット化して伝送するためのエンコーダとしてTelos社のZephyr/IP ONE/Dを使用しました。こちらはまえばしCITYエフエム様の持ち出し機材になります。この機材ですが帯域保証のない通信回線を使用することも考慮されていて、接続を開始すると一度Telos社のサーバにアクセスし、WebRTCのようにTelos社のサーバが双方の通信経路を制御してP2P通信を行うことができるようになっています。そのためVPNセッションを張る必要はありません。もちろん、LAN内での運用も可能です。バッファーやビットレートも使用するオーディオコーデックによっては自動で調節してくれる機能もあります。

Telos Zephyr/IP ONE/D (ラック中段)とWEBコンソール

その他機材(音響など)

オーディオミックス用のミキサーとしてはZOOM社のLiveTrack L-12を使用しました。今回はトークのみのイベントでしたのでこれ以外のエフェクターなどは用意しませんでした。会場の音響は常設の音響卓で行い音声ラインを分けてもらう方式で運用しました。

このほかに、オンエアモニター用のFMラジオ受信機、報道各局に音声を分配するBehringer社のラインスプリッター、ラウドネス管理用のVUメータ、音声ポン出し用のiPad、運行モニターを表示するためにディスプレイ、ネットワークの通信制御にAllied Telesis社のL3スイッチを配置しています。

放送卓の様子

3. 中継システムの構成

システムの構成自体はあまり複雑にはしていません。特筆すべき点としては先出の通りDFS対策として2系統の無線通信区間を用意したことくらいです。各通信は2つのVLANで分割していて、それぞれ映像・音声/通信に分けています。

この中での1番の悩みどころだったのはやはり無線通信と経路制御でした。無線区間の帯域は実際に組んでみるまで正確なところがわからなかったので、帯域が足りるかどうかについては何度も確認しました。(実際には最低で10 Mbpsほどあれば何とかなる目算でした。)経路制御について、最初はリンクアグリゲーションを自動化するプロトコルであるLACP(Link Aggregation Control Protocol)の利用を検討していましたが、CPEがLACPのパケットごと透過するのが難しいかと思われた(要検証)ため、スパニングツリープロトコルの一種であるRSTP(Rapid Spanning Tree Protocol)を用いて動的に冗長的な経路を取れるようにしました。RSTPではポートのPriorityを設定して現用・予備を区別するようにしています。

3.1 W56(5.6 GHz帯)のDFSの対策

日本国内で利用可能な無線LANの通信機にはDFS(Dynamic Frequency Selection)機能の搭載が義務付けられています。これは周囲で気象レーダーなど優先される電波を検知したときに、直ちに干渉するチャンネルの送信を停止して使用チャンネルを切り替える機能です。このDFSが影響するのはW53(5.3 GHz帯)とW56(5.6 GHz帯)です。(W52はDFSによる影響は受けませんが屋外での使用には総合通信局への申請が必要です) 今回5 GHz帯用の通信機としてW56を使用するCPE710を使用しており、このCPE710は気象レーダーを検知してから他のチャンネルに切り替わるまで30秒ほどのリンクダウンが起こるようです。(なお検知したチャンネルはその後30分間使用できなくなります。)

生放送の場合は連続してパケットを送信する必要があるので、対策としてDFSの影響を受けない2.4 GHz帯のCPE210を予備送信機として用意してます。

3.2 フレネルゾーンの確保

通信においては、お互いに見通せるか以外にフレネルゾーンの確保も大切となります。まず、フレネルゾーンとは簡単にいうと電波の送信点から送信された信号が、障害物などにより変化せずに受信点で受信されるために確保するべき空間のことです。このフレネルゾーンは中心から第1フレネルゾーン、第2フレネルゾーン...と広がっていますが、一般に第1フレネルゾーンが確保されていれば送信信号はあまり変化しないと近似して、第1フレネルゾーンのみを気にすることが多いです。

では今回の場合はどうでしょうか。下の写真をご覧いただくと、グリーンドーム側のフレネルゾーンに街路樹が接近していることがわかります。

グリーンドームから望む前橋テルサ

この環境を2次元的に示したのが次の図です。フレネル半径を計算した結果、両方の周波数とも障害物と干渉していないことがわかりました。

4. 実際の運用

無線機の運用

実際の運用においてはCPE710が全体を通して270 Mbpsほどの通信速度が出ていました。2日間で合計4時間の放送を行いましたが、特にDFSで止まることもありませんでした。

しかし、2.4 GHz帯のCPE210の運用は非常に難しく、全体を通して10~15 Mbps程度の帯域しかありませんでした。CPE内蔵のスペクトラムアナライザで確認すると前橋テルサ側では広いバンドでノイズが出ており(要因は定かではありません)、SNRも非常に低い数値でした。一般的に無線アクセスポイントは自動設定の場合、チャンネルが被ると今通信しているクライアントに移動先のチャンネルを教えてチャンネルを切り替えるのですが、今回の場合は広いバンドでノイズが出ていたために、有効な手段ではなかったのではないかと思われます。(試験運用中にはチャンネルを切り替える動作をするように、時々通信が途切れていました。)

現場での配線

今回の会場であるグリーンドームのサブイベントエリアは地下1階に位置し、アンテナ設置場所の4階から相当な距離がありました。ケーブルの総延長は400 m近くになりましたが、メタルケーブル(1000BASE-T)は100 mの距離制限があるため、途中でPOEリピータを設置するなどで対応しました。(光ケーブルの利用も考えましたがコストを抑えるために、今回はCAT.5eのLANケーブルを採用しました。)

7. おわりに

このような規模での通信を行うのは初めてでしたので、企画から運用まで非常に様々な問題に直面しましたが、一般に開放されている2.4 GHz帯と5.6 GHz帯でも思いの外、大きなトラブルもなく簡単に通信ができてしまうことが個人的には新たな知見でした。また、生中継にかかるコストを大幅に圧縮できたのも良い点だったのではないかと思います。

しかし、繰り返しにはなりますが免許制ではないバンドを使用した通信ですので、依然として外因による通信の不安定さはあると思います。今後の運用では、慎重に各バンドの通信状況を見極めてから行うことや、バックアップの用意が必要になるかと思いました。